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日本酒けんちゃんのプロフィール

当サイト管理人、日本酒けんちゃん(アズマケンイチロウ)の詳細プロフィールです。

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生い立ち

日本酒けんちゃんーアズマケンイチロウー

1987年10月12日生まれ、血液型はO型。

月単価60~80万円のフリーランスエンジニア業を主軸に、日本酒を主にしたお酒を広める活動やWebライター、Webデザイナーなど手広くやっているフリーランスいろいろやるマンです。

2020年1月まで新宿御苑前で「けんちゃん 日本酒セルフ飲み放題」を経営していました。
※現在「やまちゃん 日本酒セルフ飲み放題」としてお店は引き継がれ、営業しています

お決まりの自己紹介フレーズは「徳之島生まれ、日本酒育ち、肝臓悪そなヤツだいたい友達」

私は鹿児島県の奄美群島(南西諸島)のひとつ、徳之島という離島で生まれました。

私が生まれ育った徳之島は鹿児島市の南南西約468kmに位置し、人口約22,000人。
「子宝の島」として有名で、合計特殊出生率が非常に高い島です。※2020年5月wikipeda調べ

空から見るとこんな感じ
私はこの島で高校生(18歳)まで過ごしました。

0歳~18歳(徳之島時代)

わりと小学校・中学校は明るい性格だったと思います。

しかし、中学3年生のときに些細なきっかけで友達と殴り合いの喧嘩になってしまい、そこから人が信じられなくなり一気にダークサイドに引き込まれてしまいます。

父が会社をやっていた関係もありますが、クソ田舎の割には早めにインターネット環境が揃ってました。いえ、しまいました。

そんな環境、ダークサイドに堕ちた人間にしたら天国じゃないですか?

なので、こんなサイトにハマってしまいます

絶望の世界という超電波系のインターネット日記風のテキストサイトです。
ちょっと頭おかしい感じの電波系日記がダークサイドに堕ちた厨二ゴコロをくすぐられどっぷりハマってしまいました。

絶望の世界はほんの一例ですが、おかげさまで高校時代はクラスに友達が一人もできずに卒業することができました!

19~20歳(鹿児島市の専門学校)

パソコンで色々やるのが好き!というか得意ということで、それを活かす仕事をしたいと考え
市内にある鹿児島ハイテク専門学校という(この学校名、校長絶対IT詳しくないだろIT企業からみたら失笑ものの) IT系の専門学校に入ります。
※私が卒業後に4つに分校されましたが、現在はまた分割した4校が統合され鹿児島キャリアデザイン専門学校に解明されたそうです

高校時代が辛すぎたので高校時代を知っている人がいないから、ちょっと明るいキャラにチェンジしました。
人数は多くはないものの何人かが友達になってくれました。

やはりIT系の学校ということで集まる人達は、小さな島でダークサイドイキリしている私のような小物とは比べ物にならないくらいヤバい奴らの巣窟(すくつ)でした。

20~22歳(某商社系システム子会社)

ITの専門学校→ITの会社

という、なんの捻りもない就職をしましたw

2008年4月入社で、あのリーマンショック前の転職活動だったため、転職活動は割とイージー
(逆に大卒の人たちは地獄を見ていて可哀想だなと思いました。)

私は、東京IT系1番ボーナスの支給率の良い会社という意識低い理由で会社を選びました。

同期は100人以上いたので割と業界では大きい企業だったと思います。

業務は汎用機オペレータという窓一つないデータセンターの中で24時間2交代制チームで物流システムの監視業務

基本的にマニュアルとチェックシートが合って決められた時間に決められた作業をして、異常があったら管理者に電話連絡するだけという。

引きこもり気質の私にとってはまさに天国のような職場でした。

しかし・・・入社から2年過ぎた頃

「俺このままでいいのか?」

「まったく成長できてないぞ?」

自分より5年先輩、10年先輩の社員を見てもあまり自分と変わらない仕事をしてる

派遣でもう40過ぎているベテランの〇〇さんなんかはいつ首が切られるかいつもハラハラしてるし。

出来る社員や派遣さんはどんどん辞めていき、残っているのは目がよどんでいる人ばかり。

さらに、新しく来た部長さんが言った一言が完全にやめるキッカケに。

「お前らは考えるな、ただ言われたことだけやってればいい」

まぁ「トラブル時に勝手な判断をして作業しないで、責任者に連絡を上げなさい」という意味だったのかな、と今となっては思いますが、当時の状況から「もうこんなところにはいられない!」となり辞職することに。

正直いって仕事は楽だったし、給料や福利厚生もとても良い会社でした。(2年間で200万以上貯金できた)

でも、ここにいたら・・・10年後、20年後の自分の姿を想像して嫌になってしまったんですよね。

22~24歳(表参道カフェ時代)

※画像はイメージです

ここで全く真逆の道に進みます。

表参道のオサレなカフェバーでアルバイトを始めます。

「自分に足りないものはなにか?」と考えた時

やっぱりコミュニケーション能力が1番ないな、と思ったので「だったらコミュニケーションの達人の中に入って揉まれて鍛えよう」と考えたのでした。

いや、しかしここでの経験は本当に大変でした!

自分はコミュニケーション能力ゼロの徳之島が生んだモンスターなわけですから
特に前職ではコミュニケーション能力を使う仕事でもなかったので。

めちゃくちゃ怒られたし、先輩からよく殴られてました。

お店のオーナーもすごく厳しい人だした。アルバイトでも個別に呼び出されて怒られたり、全スタッフミーティングでも褒めるようなことはなく基本的には説教メインでした。

しかし、入って3ヶ月くらいのミーティングのときにスタッフみな怒られている中で自分だけ褒められたんです。

「アズマくんはこの中で1番ダメだけど、お店に入って1番成長しているのはアズマくんよ!」

まぁいま書いてて「これは褒め言葉だったのか?」と思ってしまいますがw当時の自分としてはすごく嬉しい言葉で10年以上経ったいまでも覚えているんですよね。

やっぱり自分の努力が認められるって嬉しい体験じゃないですか。

これまでの自分は“自分のできる範囲のことしかやってこなかった”ので・・・

このお店のおかげでアズマケンイチロウは初めて人間になったんだと思います。

24~25歳(企業内飲食運営会社でAM)

ブラック飲食で働いていた頃の話(24~25歳)

25~27歳(特定派遣のNWエンジニア)

※割愛!また今度書きます!

27歳~(フリーランスNWエンジニア)

27歳のとき、前述する2年の特定派遣でのネットワークエンジニア経験を元にフリーランスとして独立します。

だいたい32歳までのエンジニアとしての経歴はこんな感じです。

28歳(日本酒に出会う)

28歳の時、久しぶりに合う友達に

「最近日本酒にハマってね、、いい日本酒が飲める店あるからいってみようよ」

なんて言われ、ホイホイ付いていったら・・・

なんと、日本酒と塩しか置いてないお店でした!

いやいや日本酒好きになったからって連れてく店、極端すぎるだろw

そもそも私は日本酒は苦手な方、新卒で入った会社の新人歓迎会で飲まされた日本酒で悪酔いしてから積極的には飲んできませんでした。

しかし、入り口でお金も払ってしまったのでしかたなくひと口飲んでみると・・・

「ちょ!美味すぎィw」

衝撃でした。

たまたま良い酒に当たっただけなのか?と思い、他のお酒も飲んでみると、味の違いはあるもののどれも美味しい・・・昔のんだ日本酒はなんだったのか。。。

そこから日本酒にドハマリ、いやゲロハマりしてしまいました。
その様子がコチラ・・・

キリがないのでこれくらいにしておきます!

ヤバいときは週5昼働いて仕事終わったらそのまま週5日本酒飲み歩くという感じでした。

そして気づいてしまうのです。

「あれ?これ仕事にしたほうがよくない?」

29歳(日本酒セルフ飲み放題店)

日本酒にドハマリしてから約1年後、2017年7月に新宿御苑前で「けんちゃん 日本酒セルフ飲み放題」店を始めます。

そこから2020年1月まで2年半ほどエンジニアをやりつつお店をやってきました。

正直言って始めた当初は、日本酒を提供する人としては全然知識や経験は不足していたと思います。

恥ずかしながら逆にお客様に教えてもらいながら、自分自身も楽しみながらお店をやってきました。

ここで得た経験は何物にも変えられないものですし、お店を始める前以上に日本酒が好きになりました!

これからの日本酒けんちゃん

これから(2020年5月現在)の日本酒けんちゃんはどうしていくのか。

収入の柱となるエンジニア業は続けつつも、やはり日本酒の美味しさを伝える・広める活動をしていきたい!”と考えています。

また、日本酒のみならず昨今の酒類の消費減少についても寂しいことだなと思うので、日本酒だけじゃない酒類全般の消費が上がるような活動をしていければいいなーなんて考えています。

私と同じような志を持っている人がいれば、一緒にやっていきませんか!?

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